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sidewalkcafe blog

日々是好日

そうだ震災を書こう

神戸 書物
 エキサイトメールの未読メール数が200通を越えました
棋士です、こんにちは(挨拶)

 先日紹介した「わかば」でも物語の中で「震災の日」を迎えようとしている
(ドラマの中では震災後7年目という設定)
それぞれが、それぞれの思いを抱いて心境を語っていく
あ〜これがドラマの語りたい所なんだろうなぁ〜

でも「震災の日」に合わせてこの内容を放送するのはいいけど
「7年目」という事は「現在(10年目)」まで同じようなネタでひっぱるんだろうか・・・
それだけは簡便^^;


 今日もドラマの中から細かい突っ込みをw
震災の日、神戸の藤倉家から東京の雅也に電話がかかったそうな
「こっちは大丈夫だから心配するな」と
その後、連絡は途絶え電話も通じない状態に・・・

とまぁこんな感じで、当時の被災者は皆同じような行動をとったんじゃないだろうか?
かくいう我が家も、田舎(舞鶴)へ電話をかけたが
会話の内容はそんなんじゃなかった

「そっち(舞鶴)は大丈夫だった?」

 震災の起きた朝、惨状を目にした時思ったのは
「こっち(神戸)がこれだけ被害あると東京の方はどうなってるんだろう?
という事だった
あまりのも地震の規模が大きく、阪神地域のみの被害とは思えなかったのだ

 日本は地震大国という思いがあるし、何より東京は地震頻発地帯であるし
関東大震災のイメージがあるから「東京も地震でえらいことになってるやろなぁ」というのが素直な感想だった

まぁパニクってたのもあるけど、情報が全くなく初めて聞いた情報は
ふらりと行った小学校*1で出会った、中学校時代の同級生が抱えていたラジオだったぐらいやし
(その時の報道って死者十数人程度だったと思う)
電気も通らない状態じゃ何も情報が入らなかった

まぁそんな感じで、冷静に対応できる状況じゃなかったんやろなぁ
勿論、電話で「こっちは大丈夫」とは言ったと思うけどねぇ(既に記憶があやふや)

*1:この時はまだ避難生活という事は考えもしなかった